東大寺ミュージアム
23 6月 2016以前、ブログにも書きましたが、正式に東大寺ミュージアムにて、
「金鈿荘大刀」(きんでんそうのたち!)を復元した物を6月4日から展示しているそうです。
制作から2年あまり、ようやく展示できたようなので、お近くの方は是非ご覧いただければと思います。
古代の職人の技術力の高さと、現代の職人の復元にかけた情熱を感じて頂ければと思います。
奈良か…王寺近くの仕事終わってからいけるかなぁ…遠いんでしょうか?
土地勘無くて…
以前、ブログにも書きましたが、正式に東大寺ミュージアムにて、
「金鈿荘大刀」(きんでんそうのたち!)を復元した物を6月4日から展示しているそうです。
制作から2年あまり、ようやく展示できたようなので、お近くの方は是非ご覧いただければと思います。
古代の職人の技術力の高さと、現代の職人の復元にかけた情熱を感じて頂ければと思います。
奈良か…王寺近くの仕事終わってからいけるかなぁ…遠いんでしょうか?
土地勘無くて…
先日は、お寺の住職さまのご依頼で作った仏様をおまつりする部屋?の様な物を収めてきました。
お寺のご本尊の裏手に廊下があり、裏側の壁に小さな仏様をおまつりしたいのだが、西日がキツイ場所で、直射日光が当たると、仏様が傷みますと。
そこで、普段は閉めておける扉が付いた囲いが欲しいとの事でしたので、ご相談の上、本殿建て替えの際に出た端材の板を頂いて制作いたしました。
お寺さんのお仕事は、自身の日頃の行いを悔い改める様な気持ちに勝手にしています(笑)
なので、無事収まって喜んで頂くと、喜びと共に、ありがたさも感じていました。
と、普段の仕事のお話を、久々書いております。
また遡って回想します。
二条駅近くの町家には、最初にメーターがありませんでした。
たまたまバイトしていた木材屋さんには電気部門があって、そこのおじさんに相談してみると、なかの配線が使えるか調べてみる必要があるとのこと。
長年使っていない町家は、配線などが古かったりすると、中で線が切れてたり、漏電など起こすと火事の元ですので、テスターで丁寧に調べてもらったのです。
結果大丈夫という事になり、メーターをつけてもらい、関電の人にも来てもらい、無事開通となりました。
水道、ガス、電気と、ライフラインは無事開通した町家ですが、問題はまだまだありました。
次回は壁や床の修繕の話です。
つづく…よ。
先日、電話があり、
「もりち君が作ってくれた刀のサヤとツカ部分の下地の仕事の件なんやけど、やっと仕上がったから見にきて。」
との事。
始めの電話の内容では全くピンとこなかったのですが、クルマを走らせながら徐々に思い出して来ました。
というのも、納めたのは一昨年の秋の話で、とっくに終わっていると思っていたのです。
現地に着くと、金工の職人さんに出迎えて頂き、出来上がりを見ると、全く想像もできない仕上がりになっていました。
当時は研究者の方が作成した図面を渡され、それに合わせて作り金工屋さんに渡すまでの仕事なので、詳細は分からず、口で説明を受けてもなかなか想像できない形でした。
木地を作った後、ツカ部分にはエイ皮を貼り、金を加工した飾りとメノウなどの宝石がつけられました。
サヤは部分的に鉄が巻かれた上に漆を塗り込み、薄い金の板を加工したものを巻きつけ、また漆を塗り、金地を研ぎだした上でタガネで加工する。
文に書き出しただけではちっとも伝わりません。
という訳で、復元された刀は、東大寺近くに出来たミュージアムに飾られるそうなので、詳細がわかりましたらまた書こうかなと思っております。
本年もよろしくお願い致します。
といってみたものの、今年は年末ギリギリまで仕事をして、新年も4日より仕事始めになりそうで、短めの連休のようです。
毎年、年末年始感が薄らいでいるのですが、子どもたちは実家に元気に帰省し、お年玉をもらって楽しそうです。
まだまだ貰ったお年玉の額がよく分かっていない年頃なので、袋の可愛さのほうに惹かれているようですが…
神社では、只々健康を願うのが精一杯です。身体が資本ですので、無理せず頑張りたいと思います。
よろしくお願い致します。
過去の町家改修の写真を見つけて、見ながら思い出してみてみると、自分の記憶違いが判明しました。
99年だと思ってましたが、正確には2000年の夏だと判明いたしました。
お詫びして訂正いたします。
20世紀末は正しかったでしたのでお許しを。
さて、続きます。
お金はないが暇はあるので、自分で全て改修する事になりました。
まずはライフラインを復旧しないといけませんので、水道、電気、ガスと自分でそれぞれの担当に連絡しないといけません。
水道は水道局に連絡し、復旧してもらったのですが、何せ古い管はどうする事も出来ず。どうやら鉛などが溶け出てくるとの事でして、管の改修はお金がかかりますので、浄水器を設置し、飲水はそちらかペットボトルを買う事にしました。
鉛を除去する浄水器フィルターは他より割高でしたねぇ…
ガスも大阪ガスさんに来て頂き作業。メーターを付け、現状の管からのガス漏れが無いか調べたあと、現状に付いてる湯沸かし器を確認すると、どうやら旧型、骨董レベルらしい。
試しに点火、すると火柱が天井までゴーっと噴き出してしまい、あえなく使用禁止のステッカーが貼られてしまいました。
当時はあまりに古い湯沸かし器だと危険なので、無償交換も出来るとの事でしたが、しばらく放置しているうちにうやむやになってしまいました。
ガスは結局、一口コンロでお湯を沸かすくらいしか使わなかったので、復活しなくてもカセットコンロでよかったなぁと今ではおもいます。
あと、メーターが建物内にあり、毎月メーターを調べる方が来て、その月の数値を確認する事になるので、留守の時とか何度も来て頂いて申し訳なかったとおもいます。
今の家もそうなんで、今だにお世話になっております。
留守の場合、ポストなどにピンクの紙が入ります。そこに数値を自分で書き、玄関などに置いておくと、請求書が入る仕組みです。電話で数値を入力する事も出来ます。
続きます…
さて、いよいよ物件の契約となり、夏から入居、と行きたい所でしたが、何せ僕が借りる前には20年近く人が住んでなかったとの事でしたので、いろいろ改修しないといけませんでした。
事前に物件は見ていて、思ったよりキレイ、土間の台所は部屋と同じ高さに床上げしてあり便利そう。
間取りとしては入り口二畳ほどの土間、三畳の部屋と押入れ、隣は四畳半と台所、小さな庭と離れのトイレといった間取り。住むには狭いですが、一人で通いの仕事場するにはいい感じじゃないかな?とおもってました。
今思うと狭いなぁ、と思うのですが、家賃も駐車場並みの価格を考えると、ここをステップに!と思う二十代の若き青年は思ったのであります。
と、思ったのも束の間、いよいよ入居となった時、大家さんは親切にも大金をかけて屋根を直すといって下さり、屋根はキレイに治りましたー!やったー!雨漏り心配なし!
しかし、部屋の中は古い屋根の部材を壊した埃で真っ黒…
これから床や畳を新しくして、壁も塗り替え、水道の復旧、ガスの復旧、電気はメーターさえ無い…
やる事が山積みで何からやればいいのやらと立ち尽くすのでありました。
続きます。
昨日の夕方、友人からメールで、近くが火事みたいだけど大丈夫?ときて、初めて近所が火事だと知りました。
仕事場の外を見ると煙、人だかり、ホースが道に散乱、消防士、警察官が現場をうろうろ、その先には側だけで室内は真っ黒な家が…
どうやら火元らしき家を含め5軒も燃えたようですが、けが人なしとの事で、不幸中の幸いとはこの事ですね。
自分の家だけが防火対策して大丈夫というわけではなく、地域のみんなで防火を頑張らなければと強く思いました。
とりあえず家の前の防火バケツに新たに水を張り直しました。
たまたま見つけた、京都町家倶楽部という団体は、京都西陣の織成館近く、元織屋建ての工場を拠点に活動していました。
ここに書いてるのは、99年当時の状況で、現在はもう存在してなかったり、変わっていたりしている事もありますので、ご理解下さい。
町家倶楽部は、物件を紹介する、ということではなく、空き家を持ってる大家(貸家業をしてない、持家を持ってる人も含む)と、空き家に住みたい人、空き家を利用して、仕事やアーティスト活動をしたい人との間を取り持つ役目をしている所でした。
大家さんも、古い物件は、直してキレイにしても家賃が高くなるので、借り手はいないだろうと、空き家をほったらかしていたのです。
現状でも貸して欲しい、自分達で直して住みたいと言う人を探すのもツテもないので難しかったのです。
それに目を付けたのが町家倶楽部でした。
システムとしてまずは町家倶楽部のメンバーに会い、人となりを理解された上で、次のステップ、物件情報などを教えてもらう様な形でした。
幸いにも、好意的に受け止められたのか、都合よい人に見られたのか、物件を幾つか紹介してもらえる事になりました。
町家倶楽部の物件情報は主に西陣界隈の物件が中心でしたが、僕が紹介されたのは、少し離れた二条駅あたりの物件でした。
当時は町家ブームの初期だった事もあり、希望者も少なかったのですが、半年も経つと、ひと物件に80人程の希望者が殺到するという人気ぶりでした。
そしてとうとう、99年夏、一件の町家を借りる事となったのです。
そこを10年以上借りる事になるとは…
つづく…
20世紀末(笑)、当時の僕は実家の6畳部屋の片隅にブルーシートを引き、簡易作業場を作って、仕事をしておりました。
幸いにも、古道具市で出会ったおじさんおばさんに頼まれた、古道具の修理などの仕事がちょこちょこありました。
作業スペースはベッドや家具をすみへ寄せて確保しながらも、やはり材料などを置くと手狭でした。
何より、家族がちょこちょこ覗きに来て、何を作ってるのかと見に来られるのが少しうっとうしかったのもありました。
そこで、格安の作業場、例えば屋根付きシャッターのある、ガレージや工場の居抜きなどを探してみました。
いろいろネットなどで(当時インターネットは使い放題では無かったような…)探していると、気になるところを見つけました。
それは、京都町家倶楽部でした。
つづく…